気楽生活研究所(仮)

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追憶、上野駅

「東京」と聞いて、真っ先にイメージするのはどこだろうか。

東京出身の人や首都圏在住の人には、ぴんとこない問いかもしれない。

だけど、首都圏の外の人間には、それぞれの「東京」があるのだ。
東京にめったに足を踏み入れないから、自分の知っている東京だけが、記憶の中で増幅されていく。




私にとっての「東京」は、上野駅とその周辺である。


幼い頃は、葛飾区に住んでいた。
休日のお出かけといえば、上野動物園や国立科学博物館。
各駅停車の常磐線に揺られていけば、そこは楽園。
サル山が、恐竜の化石が、フーコーの振り子が、幼い私を魅了した。


それから茨城に引っ越して、東京には年に一度行くか行かないかになった。
高校時代、おしゃれな同級生は渋谷や原宿に、オタクな同級生は秋葉原にちょくちょく出かけていたようだ。
だが、常磐線の駅から遠い町に住んでおり、その上に極度の出不精であった私にとっては、東京は遠い存在だった。


めったなことでは行かない東京。
快速の常磐線に乗る。川を何本も越えるうちに、乗客が増えてくる。かつて暮らしていた街を走り抜け、北千住、そして、終点、上野。
ホームに流れ出る。土地勘はないので、近くにある適当な階段を上る。さあ、ここはどこだ。私はどっちに行くんだ。どっちに行ってもいい。行かなくてもいい。一人で立ち止まっていても、誰も私のことを気にしない。だってここは、東京だから。

そして夕方。私は帰路に就く。
舟和の芋ようかんを買うか悩みながらも、忘れちゃいけない頭上注意。
北から流れてきた私を受け止めてくれた上野駅が、私を北へと送り出す。


上野駅は、終わりと始まりの駅なのだ。
上野東京ラインができた今でも、私の心の中の上野駅は、昔のまま止まっている。

いや、それは、かつての上野駅とも違う。増幅された記憶が作った、私の「上野駅」なのだ。

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